わが国における環境保全型農業への本格的取り組みは、端緒に着いたばかりである。しかし、この農業の考え方や概念が必ずしも十分に規定されていないにもかかわらず、実践事例農家やグループは手探りな状態ながらも確実に増加しつつある。もちろん、いまだこの農業の一般的な考え方は、現在の農業で栽培・生産された農産物と差別化することで、有利な価格形成を狙うという販売戦略に基づいている。ところが、この農業の定着と発展は、次第に農業・農村地域の豊かな自然環境を保護するという公共的意味と、安全な食料を栽培・生産するという社会的価値と役割を果たすという視点で捉え始めている。新潟県笹神村では、特別栽培米の栽培・生産を契機に、消費者との交流を重視しながら、有機肥料による土づくりから環境保全型農業を全村的あるいは組織的に推進し、持続可能な農業・農村地域を目指して、豊かな自然環境の保護を主目的に「ゆうきの里」をキャッチフレーズにしながら村づくりを実践している。宮崎県綾町では豊かな照葉樹林と水の保護、健康で安全な農産物の栽培・生産を図るため、町によって自然生態系農業の推進に関する条例を定め、「手づくりの里・綾町」をキャッチフレーズに持続可能な村づくりを実践している。とくに、第三セクターの綾町有機農業開発センターでは、土壌診断を実施によって有機農産物の基準を担保し、また、有機農産物の生産計画や販売計画を通して、農家の農業経営の安定化を実現している。岡山県では瀬戸内海の自然環境保護を意識しながら、昭和63年から作物別に有機無農薬栽培基準を設定し、この基準に合致した作物については認定審査委員会によって認証マークを交付して、一般的な作物と区別しながら流通・販売を促進している。 これらの事例の一部はこれまで優良事例として紹介されているが、この農業を本格的に導入しようとしている農業・農村地域では、これらの事例を参考にしながらも、自らの自然環境諸条件に基づいて独自の方法によって定着と発展を試みている。いずれにしても、この農業は自然環境に与えてきた負荷を軽減することに社会的価値と役割があり、この農業も単に経済的・経営的効率を追求するならば定着と発展は極めて困難である。この定着と発展には持続的発展を図るべき自然環境保護の視点が第一義的であり、これに基づいた国民的コンセンサスを必要としている。
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