本研究では、細胞分裂阻害蛋白質SulAに着目している。DNAが紫外線や放射線、変異原物質などで傷つけられたとき、大腸菌においては、SOS応答と呼ばれる一連の転写調節機構を発動させて、DNAの修復を行う。この応答には、細胞増殖を一時的に停止させるために、分裂阻害蛋白質SulAの一過的な産生がみられる。SulA蛋白質による細胞分裂阻害の機構は、細胞分裂に関わるFtsZ蛋白質をその標的にしていることが、これまでの遺伝学的研究から報告されているが、その生化学的詳細は不明であった。そこで本研究において、maltose binding protein (MBP)のfusion SulA蛋白質とFtsZ蛋白質とを精製し、in vitro系で両者の相互作用について検討した。その結果、(1)FtsZ蛋白質とSulA蛋白質はGTPの存在下で安定な複合体を形成すること。(2)この反応にはGTPの水解が必要であること。(3)また複合体は両蛋白質分子1:1で形成されること。などが明らかになった。 また遺伝学的手法によりプラスミド上にsulA遺伝子をclone化し、SulA蛋白質が多量生産される条件下でも細胞増殖が阻害されないsuppressor変異株を約20株分離した。それらの変異位置を決定したところ、一つのグループはプラスミドのコピー数を制御するpcnB遺伝子であり、もう一方は、ftsZ遺伝子の変異であった。前者はプラスミドのコピー数を低下させ、その結果SulA蛋白質の多量生産を抑制する変異であった。後者のftsZ変異は、SulA以外にも、大腸菌が先端部で分裂しないように制御しているもう一つの細胞分裂阻害因子MinCDに対しても阻害がかからなくなる変異であった。以上の結果から、細胞分裂阻害因子SulAは直接的にFtsZと相互作用すること、また別の細胞分裂阻害因子MinCDもSulAと何らかの類似する機構によりFtsZをターゲットとして細胞分裂の制御を行っていることが示唆された。 さらにSulAは特異的なプロテアーゼにより速やかに分解されることが知られている。生体内ではこの積極的な分解機構により、DNA修復後の細胞分裂周期の再開が保証されている。SulAの機能領域の分子解剖の結果、そのC末端の数アミノ酸残基がこの分解に重要な領域であることがin vitroとin vivoの両系で証明できた。
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