アリストテレスの『デ・アニマ』の新たな校訂と詳細な注釈の作業を進め、さらに理解しうる翻訳を提供する準備を整えた。同時にアリストテレスの<魂>の概念の核心を明確化することをめざした。とりわけ、従来「可能的に生命を持つ自然的物体の第一現実態(形相)」という規定を中心として論じられてきたアリストテレスの魂論解釈に対して、『デ・アニマ』全体の研究プログラムにおいては、栄養摂取、運動、知覚、思考の各能力の順序系列としての魂の規定の方がアリストテレスにとってより中心的であることを論証し、そのことの持つ哲学的含意を示した(94年9月「イリソス会」発表)。またアリストテレスの魂の理解が彼の行為論、実践的推論の説明においてどのように生かされているのかを展望するために、まずその背景にあるソクラテス-プラトンにおける「規範性」「合理性」の概念の役割を、現在議論の盛んな「ソクラテスのエレンコス」問題との連絡のもとで解明した。さらにアリストテレスの<身体><質料>、<自然>の理解と現代の「物体」や「物理的存在」の概念との対比によって、アリストテレスの「心の哲学」が成立するための、基本的自然観、世界観を明らかにすることをつとめた。
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