研究概要 |
人間の知覚判断において見いだされているべき法則(e.g.,Stevens,1957)を記憶表象にも当てはめようとする研究分野は,記憶の精神物理学(memory psychophysics)と呼ばれる.本研究は,研究代表者が行ってきたmemory psychophysicsに関する研究の一貫として,動く対象は記憶の中でどのように表象され,また知覚とどのような類似性をもつかについて,検討したものである. まず予備調査では,動く対象といって考えつくものを自由筆記式に女子短期大学生192名の被験者に書き出してもらった.そのなかから高頻度(頻度20以上)の対象を,生物,無生物に実験者が分類し,計82の対象を選び出した. 次に予備調査によって選ばれた対象について,その動きの構造はどのようなものであるかを調べるために,セマンティック・デファレンシャル法を用いて実験1を行った.この実験では,実験者の作成した動画像を実際に観察しながら動きを評定する知覚条件と,動画像は提示せずに対象の名前だけを提示して動きを想起させながら評定する記憶条件とを設けた.分析は因子分析を用いた.その結果,どちらの条件においても大きさと速さと考えられる2因子が抽出された.動く対象の表象に関して,実験結果から知覚表象も記憶表象も,きわめて類似した構造があることが推定された. 実験2では動きの構造をさらに詳細に検討するために,対象を生物に限定して,マグニチュード推定法を用いて実験を行った.イヌの動きを標準刺激として,各対象の動きを観察しながら評定する群を知覚条件,名前だけを見るだけで評定する群を記憶条件とした.結果は実験1で見いだされた速さの因子よりも,大きさの因子が大きな影響を及ぼし,また動きの表象には大きさ,速さの要因に加えて,対象の動きの持つ単純さ-複雑さが重要な要因であることが推定された.
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