本研究では、19世紀のアメリカ文学、特にヘンリー・ジェイムズと当時台頭しつつあった大衆消費社会との関わりについて考察してきた過去の研究を更に発展させて、次の3点に焦点をあてて研究のすそ野をひろげた。まず、同時代のイギリスの作家オスカー・ワイルドとの比較により、ジェイムズ特有の消費社会の捉え方を明らかにし、この問題について論じた論文(英文)は近刊予定の『奥田博之退官記念論集』に掲載した。次に、大衆消費を交通や万博などの他の近代的な都市の特色とからめて考察し、そのような近代都市に生活する人々の特有の心理状態が同時代に隆盛であった絵画運動の印象主義が打ち出した認識のパターンといかに酷似しているかを明らかにし、この点について論じた論文(和文)は、筆者が参加している近代都市に関する研究会が出版を予定している本のなかの「都市と消費」と題する章になる予定である。更に、大衆消費社会のなかでつちかわれた外界認識の型が印象主義のヴィジョンと緊密にからみあっているさまが実はジェイムズの後期の大作『使者たち』のなかで鮮明に表現されていることを発見し、かつこの小説ではそのような印象主義的・消費的ヴィジョンが浅薄で不十分なヴィジョンであることも暴かれている点にまで考察を進め、この研究は近刊の『英文学研究』(英文号)に掲載される予定である。なお、論文ではないが、ジェイムズの初期の小説『ある婦人の肖像』が近代的な消費都市に住む人々の(視)神経を常にはりつめた心的状態を巧みに描出している点について、1994年10月の日本アメリカ文学全国大会で口頭発表した。
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