構造主義の限界が叫ばれてすでに久しいが、本申請者は、形式主義・構造主義美学は、形式のみを対象とする「不毛な論理的分析」という非難には納まらない、より広範な射程をもつと考えた。この観点からすると、意味の単位である「テーマ」の多様な変奏・展開によるテクストの網状組織の読解をめざすJ=P・リシャールに代表されるような「テーマ批評」の方法は、形式主義美学を意味のレベルへ拡張する注目すべき試みとして、今日、再評価が必要であると思われた。 その基礎として「テーマ」という概念の本質的に構造論的な側面、すなわちテクスト表層の固定した意味を保持しつつ、同時にそれを突き破り、テクストの(無限の)変容と重層化を可能ならしめるいわば意味の機能体としての側面を明らかにすることを本年度の研究の課題として目指した。 こうした新たなテーマ概念ならびに「テーマ」という単位によるテクストの重層的な組織化の様態を記述するためには、これまでテーマ批評について用いられてきたのとはまったく異なる言語(ないしは論理)が分析者には必要であった。本研究者はロマーン・ヤ-コブソンの詩的言語理論を批判的に検討することによって、テクストを構造として捉え、さらにそのテクストを象徴的な文学的価値へと収斂させるような概念装置を見出した。これをリシャール独自の、典型的にテーマ批評的な著作の解読に応用し、これまで奔放に想像力を駆使したたげの恣意的な批評と見なされきた彼の批評作業のなかに、文学的体験についてのわれわれの認識を刷新し今後の文学研究の展望を開くような刺激的なテクスト観を見出した。 本研究の成果は、筑波大学現代語・現代文化学系紀要『言語文化論集』に三回にわたって掲載する予定で、すでに原稿を準備した。
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