九四年度の研究は概ね順調であった。その第一の成果が、愛媛法学会雑誌にて公表した、「近代朝鮮の自国認識と小国論-金允植に見る朝鮮ナショナリズム形成の一前提-」である。申請者はこの論文において、朝鮮王朝末期の朝鮮外務大臣等を歴任した金允植の経歴を追うことにより、彼の政治行動の中に、「小国意識」がどのような形で陰を落としていたかを実証し、更にその「小国意識」が、財政規模から見て、また、国際情勢との絡みで、相当程度、当時の朝鮮王朝の現実の姿と一致したものであったことを指摘した。 その他の成果は、既に論文として提出中の、二本の論文となっている。その一つは、現在、政治経済史学会誌に投稿中の「売国の論理-李完用に見る韓国併合の一側面-」である。申請者はこの論文において、旧韓国最後の総理大臣であり、「売国奴」の筆頭に挙げられる李完用の思想に着目し、彼の政治行動原理を解明すると同時に、彼の政治行動が、前近代東アジア国際システムの観点からどのように説明できるか、また、その論理に一定の整合性が強いか、を指摘し、韓国/朝鮮植民地化の問題に対し、独自の見解を発表するに至っている。もう一つの研究は、「国家の「強さ」と社会の「強さ」-韓国近代化における国家と社会-」である。本研究において申請者は、韓国/朝鮮の国家の特質を歴史的に概観することにより、新たな韓国/朝鮮像を提示すると同時に、発展途上国国家の基本問題である「ソフトステート」に対する、新たな見解を提示することに成功している。就中、韓国在地社会が、富と権威の分断した状態にあり、それ故、一定且つ強固な地方共同体の核を持つことができなかったこと、そして、それを補うものとして、明確な核を有さないネットワークが発達したこと、そしてそのようなネットワーク社会としての特質が、韓国の国家が、社会を強力に統制することを阻んでいること、を指摘している。
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