本研究では、エチレンの部分酸化反応における銀の触媒作用の電子的オリジンを、量子化学的なアプローチにより解明することを目指し、以下のテーマを実行した。表面-分子相互作用系のモデルには、先に我々が提案したDipped Adcluster Model(DAM)を用いた。 (1)エポキシ化反応の電子的メカニズムの解明:銀の清浄表面には、エチレンは吸着しないことが知られている。そのため、エポキシ化反応は、吸着酸素種と気相中のエチレンとの間で進行すると考えられる。そこで本研究では、先に申請者らが理論的に存在を確認した4種の吸着酸素種について、それぞれエチレンとの反応を調べた。その結果、スーパーオキソ種から導かれる非常に活性な反応中間体の存在が確かめられた。この中間体を経る反応は、気相中での反応に比べ殆どバリアーなく進行し、銀の触媒作用が理論的に示された。他に原子状酸素種からもエチレンオキサイドが生成することが示された。これにより、実験的に示唆されている選択率の上限(6/7)は存在しないことになり、理想的には100%の選択率をもつ触媒設計が可能であることがわかった。 (2)燃焼反応の電子的メカニズムの解明:エチレンの燃焼反応は、部分酸化の副反応として起こり、結果として選択性を減少させる。触媒開発では、この燃焼反応を如何に抑えるかが鍵となっている。本研究では燃焼反応の第1ステップであるアセトアルデヒド生成反応を調べた。その結果、分子状吸着酸素種からこの反応は起こらないが、原子状吸着種からは比較的容易に起こることが示された。すなわち、原子状酸素種からはエポキシ化反応と燃焼反応が競争的に起こっていることがわかる。従って、前者をより起こり易くするような触媒設計が今後必要となろう。また、エポキシ化反応に最も有効なスーパーオキソ種が他の吸着酸素種に移行しないようにすることも、重要な触媒設計の指針である。
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