高等植物の緑葉が老化するときに発現する遺伝子をできるかぎり多数単離し、その遺伝子の働きから、どのようなことが老化過程で起きているのかを明らかにすることを目的とした実験をおこなった。当初の計画では、材料としてハツカダイコンを用いる予定であったが、形質転換が可能なシロイヌナズナを用いることとした。24時間の暗処理をしたシロイヌナズナの本葉で発現し、暗処理をしていないコントロールでは発現していない遺伝子cDNAの単離をディファレンシャルディスプレイ法により行った。現在のところ、30種類のプライマーを用いて3種の暗処理特異的遺伝子cDNAを単離した。部分的な塩基配列を決定した結果、このうちのひとつは、分岐鎖ケト酸デヒドロゲナーゼのホモログであることが分かった。分岐鎖ケト酸デヒドロゲナーゼは、バリン、ロイシン、イソロイシンといった分岐鎖アミノ酸の分解系の鍵酵素であることが、動物の研究から明らかになっている。また、この酵素の活性は飢餓時の動物の筋肉で亢進し、タンパク質分解の結果生じたアミノ酸を分解して、エネルギー源として利用していることが知られている。高等植物の緑葉も暗所に置かれると、光合成によるエネルギーの生産ができなくなり、数時間内に葉のデンプン、ショ糖などを消費し尽くすことが知られている。つまり、連続的に暗所に置かれた植物は飢餓状態に陥っており、動物細胞の場合と場じようにタンパク質分解がおこり、その結果生じるアミノ酸をエネルギー源として利用しているのではないかと考えられる。このように単離した遺伝子の機能から暗所に置かれた植物に起こる事象を推定することができた。また、この酵素が暗所に置かれた植物で活性が増大しているのかどうかなどの生理学的な研究により、遺伝子単離によって示唆された事象が実際に、暗所に置かれた植物に起こっているのかについて検証を行うことができる。また、今後さらに多数のプライマーを用いてスクリーニングを続けることにより、多くの遺伝子cDNAが単離され、暗所に置かれた植物が老化に向かう過程、および老化が進行するときに起こる事象を明らかにし、老化そのものの理解を深めることができると考えられる。
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