本研究では、昆虫の空間定位・空間航行の神経機構の解明に向けての第一歩として、歩行運動中のゴキブリのキノコ体のニューロンの活動の解析を行なった。その概要は以下のとおりである。 1)ゴキブリのキノコ体に直径14μmまたは20μmのポリウレタン被覆銅線を埋め込み、自由行動中のキノコ体のニューロンの活動を慢性記録した。記録終了後、電極から組織中に銅イオンを注入して電極近傍のニューロンを染め出し、どのタイプのニューロンからの記録であるのかを推定した。キノコ体の入力部である傘(Calyx)のニューロンの大多数は感覚性であり、視覚、臭覚、または機械覚(触覚または気流感覚)刺激に反応した。また体や脚、触覚、首などの自己受容器からの入力を受け、自身の行動をモニターしていると思われるニューロンもあった。一方、キノコ体の出力部でる葉部(Lobe)のニューロンの大多数は運動と密接な関係があり、歩行時や頭部や触角などを動かす際に活動した。これらのニューロンの大部分は自己受容器からの入力を受けていると思われた。柄葉接合部と呼ばれる領域には、歩行の開始や、方向転換の開始に0.3-1秒先行して発火するニューロン群があった。これらのニューロンは運動の開始や組み立てに関与すると考えられ、その一部は目標地への定位運動に関与するものと考えられた。 2)現在、さらに場所学習訓練の前後でのキノコ体ニューロンの活動の変化について調べている。特に柄葉接合部のニューロンに研究対象を絞り、場所学習成立の前後での活動を詳細に比較・解析しているが、現在までのところ、この領域のニューロンの活動が場所学習成立の前後で変化することを示す確証を得るに至ってはいない。今後さらに粘り強く研究を押し進めていく。
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