ヒト頭皮上より導出される脳波の内でも、基礎的な律動成分である脳波リズムについて、その位相・振幅の解析法を独自に開発し、時空動特性を解明することを目的として研究を執り行った。その結果、複素複調法による位相解析より、次のことが明らかになった。 1.安静閉眼時にみられるアルファ波は、不安定かつ非定常な波である。 アルファ波の位相・振幅は時間的にも空間的にも動的に揺らぐ(不安定性)。特に位相は、高々数秒間隔で振幅が極小値をとるときに大きくジャンプし、アルファ波のコヒーレンシーが長時間持続しないことを示す(非定常性)。 2.シ-タ波、デルタ波等の脳波リズムはアルファ波に比べて単純な時間空間特性を示す。 ヒトの睡眠に伴って観測されるシ-タ波、デルタ波および紡錘波の振幅・位相はアルファ波に比べて時間変動が小さく、空間的にもアルファ波のような複雑な構造は観測されなかった。また振幅、位相の分布から、アルファ波は少なくとも前頭部と後頭部に振動源を持ち、これらがお互いに作用しあう結合振動子系と解釈されるが、シ-タ波やデルタ波においては振動源が局在化した局所振動系と推定される。 3.精神分裂病患者のアルファ波において、その揺らぎが健常者と異なる例を見出した。 精神分裂病患者の安静時脳波を採取して位相・振幅の解析を行った結果、健常者と異なり時間空間分布が単純で変動が小さく、前頭部の振幅が最大となる例、健常者と同様な時空変動が観測されるものの中心部の振幅が最大となる例、および時間空間分布、変動共に健常者によく似た例の3つの代表例を見出した。各例の被験者は、それぞれ症状や年齢および服用薬物の量が異なっており、さらに多くの被験者について解析を続ける必要があるが、これまで明らかにされていなかった精神分裂病と脳波特性、あるいは向精神薬と脳波特性などの臨床応用に有用な知見が得られる可能性がある。 なお、ファンデアポール振動子の結合系によるシミュレーションからはアルファ波のような複雑な時空動特性は得られなかった。選択する振動子のタイプ、結合の様式を含めて今後さらに検討する必要がある。また、現在当該年度に開発したウェーブレット解析による位相分析手法を脳波データに適用中であり、今後は複素複調法による結果との比較も含めて結果の集積および脳波特性に関する新規知見の獲得に努める。
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