目的:本研究は庭園植栽の史的変遷に関する研究の一環として実施したものである。ここでは、園池堆積土に含まれる植物体を手掛かりとして過去の庭園の環境、特に植栽の構成を復元的に考察した結果についてその概要を報告する。 方法:調査対象地は滋賀県中主町にある国指定名勝兵主神社庭園とした。この庭園は明治41年に整備されて現在の姿になったが、現在進められつつある保存整備事業によって平安時代の遺構が下層に保存されていることが確認され、庭園の祖形は平安時代後期(12世紀後半)にさかのぼることが判明した(宗教法人兵主神社「名勝兵主神社庭園現地説明会資料」1994年3月19日)。浚渫によって明治期までの園池堆積土は既に失われていたが、園池に注ぐ導水路には6層準の堆積層が残存しており、最下層は作庭当初からあまり降らない時期の堆積土であると推定された。そこでこの6つの堆積層の中央部からそれぞれ200cm^3の土壌試料を採取し、0.25mm目の篩で主として種実を水洗選別し、各層の種構成を一覧表にまとめた。 考察:日照等の環境条件はそこに成育する植物の種構成と密接な関係にある。このことは、逆に検出された植物の種構成から当時の環境条件を推定する可能性を示唆している。そこで草本植物と木本植物、陰樹と陽樹、水湿性と乾燥性などに注目して検討した結果、導水路周辺はマツなどの明るい疎林であった時期が長く続いており、明治期ごろに導水が停止するとともに常緑高木に覆われ、暗い林に変容したものと推定された。なお、詳細は日本造園学会誌58(5)に発表予定である。 課題と展望:文献には記されていない平安時代の庭園植栽の実態を検討するために、植物遺体の分析というアプローチをとった。その結果、草本植物の種構成を考察することで庭園の古環境の復元に迫ることができるという示唆を得た。今後は植栽構成に限らず、大きな視点から平安時代庭園の実態に迫る手法を検討したい。
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