研究概要 |
魚類脳神経系におけるドコサヘキサエン酸(DHA)などの高度不飽和脂肪酸の分布を明らかにすると共に,それらの脳神経系における生理的な役割を推察することを目的として研究を遂行した.すなわち,実験室で即殺したニジマスSalmo gairdneriとコイCyprinus carpio,および漁獲致死後24時間以内のカツオEuthynnus pelamis(Linnaeus)から,端脳,中脳,小脳,延髄および視神経を採取して全脂質を抽出した.それぞれの全脂質について各種分析を行ったところ,以下のような成果を得ることができた.(1)いずれの組織でもホスファチジルコリン(PC)およびホスファチジルエタノールアミン(PE)などのリン脂質が主成分であることから,これらの組織においてはほとんどの脂質成分が細胞膜などの生体膜に由来することが示唆された.(2)ニジマスとカツオでは中脳,端脳および小脳のPEで,コイでは中脳および小脳のPEにおいてDHA含量が非常に高い(50%程度)ことが明らかとなった.これらの組織では他の神経組織とは異なって,かなり高度な情報の統合が行われていることから,この脂肪酸が情報の統合に不可欠である可能性も予想される.(3)DHAの場合とは逆に,アルケニルエーテル型リン脂質が延髄や視神経に多く分布することが明らかとなった.末梢神経系では,高度な情報の統合よりも情報の確実な伝達を目的としているため,機械的および対酵素的な強度が要求された結果とも考えられる.(4)比較的低温(15℃付近)に適応しているニジマスと比較的高温(20℃以上)に適応しているコイ,暖海性回遊魚であるカツオの同組織間でその脂肪酸組成を比較したところ,不飽和脂肪酸の組成比がニジマス,コイ,カツオの順で低くなることが明らかとなった.しかしながら,DHAについてはほとんど差が認められなかったことから,環境温度への適応にはこの脂肪酸以外のものが用いられることが予想される.(5)ニジマスn-3系脂肪酸に富む飼料で1カ月間飼育すると,端脳,中脳,小脳におけるDHAの組成比が高くなることが明らかとなった.このような現象は他の脊椎動物の成体においては報告されておらず,DHAの生理的な機能を探る上で重要なモデル系の作成が可能なことを示している.今後は,このモデル系における脳神経系生体膜の生理機能について検討を加える予定である.
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