ロタウイルスは小児下痢症の主要病因であるが、われわれは1992年、重症の脱水・下痢症のため疑似コレラの診断のもとに隔離・治療された成人の患者から本邦で初めてロタウイルスを分離した。さらにエレクトロフェロタイプ、RNA-RNAハイブリダイゼーション、VP7およびVP4血清型の解析結果を総合し、本症例は、同時期に小児の間で流行していた株により引き起こされたものと考えた。しかし、これらの検討では、アミノ酸の点突然変異レベルでの変化は検出することができない。また新生児無症候性感染に由来するロタウイルスはVP4遺伝子が顕性感染をおこす株と著しく異なっていることが知られている。そこで本研究では、成人重症下痢症患者より分離されたロタウイルス株(成人分離株)と同時期の小児流行株のVP4遺伝子のうち、特に各血清型の中和に強く関与していると考えられている領域の塩基配列を決定し、核酸およびアミノ酸レベルにおける両者の相同性や変異の有無について解析を行なった。 その結果、成人分離株と同時期の小児株では、核酸レベルでは452番目の1塩基配列が、またアミノ酸レベルでも149番目の1アミノ酸配列が異なっていることが判明したが、他の配列はすべて一致していた。このようにアミノ酸の点突然変異が生じた機序は不明であるが、変異が認められたアミノ酸部位は、従来よりVP4の中和反応に関与していると考えられている部位とは異なっており、現時点ではその特別な意義は見いだせなかった。すなわち、本成人分離株は同時期の小児流行株と、塩基配列、アミノ酸配列においてもほぼ一致していることが証明され、同時期の小児流行株に由来するものと考えられた。 本研究は、小児間でのロタウイルス流行株が成人にも重症下痢症を引き起こしうることを遺伝子レベルにおいて初めて明らかにし、この結果は消化器内科学の分野に貴重な新知見をもたらすものと考えられた。
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