脳虚血が引き起こされる前に、その個体にストレスを負荷すると、致死的な脳虚血が引き起こされてもその侵襲に耐え得る現象、脳虚血耐性現象が知られている。そのメカニズムには熱ショック蛋白質などが関与し、障害蛋白質の保護作用をしているという説、再潅流後の病的代謝亢進状態を抑制してるという説、あるいは最初の脳虚血により神経細胞の樹状突起数が減少し、再潅流後のカルシウムの細胞内流入などによる興奮過剰状態が生じにくくなるという説などが報告されている。また、前もって個体に負荷するストレスの種類も脳虚血より、高温環境への暴露刺激の方が熱ショック蛋白誘導効果が高いという報告もある。 現在、燐核磁気共鳴を用い、前もって脳虚血負荷を与えた家兎と対照家兎の両群で致死的脳虚血負荷を与えた後の、大脳でのクレアチン燐酸、ATPなどの高エネルギー燐酸の変化を検討しているが、虚血刺激負荷家兎と対照群での再度虚血刺激前の高エネルギー燐酸には有意な変化は見られてなかった。 このような結果になった理由として、in vivoの実験では、脳細胞の酸素化状態に心臓および肺機能が影響しているため、厳密に個体間で脳組織の酸素化状態を同一にするのは困難であったのではないかと考えられる。 脳虚血耐性現象を正確に把握するためには、その現象が生じている脳組織の酸素分圧を厳密に規定する必要がある。そのため次の実験として、脳切片標本を用い、脳虚血耐性現象時の高エネルギー燐酸の動態を検討してゆく予定である。脳切片標本を用いた実験により、潅流液中の酸素分圧を自由に変化させることが可能であるため、in vivo動物実験を用いた場合より、低酸素障害が出現する正確な臨界点を決定することが可能と考えられる。
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