歯表面の歯垢細菌は糖代謝によって酸を産生し、pHを低下させ、その結果、歯質の脱灰(=ウ蝕)を引き起こす。低pH環境はウ蝕というHost側への作用だけではなく、歯垢細菌自身にも影響を与え、歯垢細菌の酸性環境への適応やさらには歯垢細菌叢の変化をもたらす。これまでの研究では、連続培養装置を用いた長時間にわたる歯垢細菌の酸性環境への適応を見ており、わずか数分でpHが中性から4程度の酸性に激変し、1時間ほどで再び中性に戻る歯垢環境の影響を見ているとは言い難い。そこで本研究では、代表的な歯垢細菌Streptococcus mutansとStreptococcus sanguisを"急激なpH低下(pH7→4)"に曝し、その時の細菌の反応を調べた。 1.生存率:pH低下後60分間は、S.mutans、S.sanguis共、ほぼ100%生存した。しかし、120分後には、S.sanguisの約50%が死滅した。2.増殖速度:S.mutansではpH低下後60分でもほとんど増殖速度の変化はなかったが、S.sanguisではpH低下後30分で約1.5時間の、60分で約2.5時間のlag phase(増殖停止期間)が見られた。3.糖代謝能:S.mutansはpH低下後60分でもほとんど糖代謝能の変化はなかったが、S.sanguisでは30分で約70%、60分では約90%が失われた。 以上のことから、"急激なpH低下(pH7→4)"後、短時間(30-60分)で、S.sanguisは死滅しないまでも、その増殖能は低下し、これは糖代謝能(=エネルギー産生能)の傷害によるものと考えられた。一方、S.mutansは"急激なpH低下"による傷害を巧く回避し、増殖能を維持していると考えられ、これが、ウ蝕誘発能の高い歯垢(=酸産性能の高い歯垢)にS.mutansが多くなる因子の一つと思われる。現在、これら、S.mutansとS.sanguisの違いをもたらす原因について検討中である。
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