研究概要 |
無歯顎患者の咬合高径の設定に際し,Little,Brillらが患者の位置感覚を利用するComfortable zoneによる方法を発表して以来,多くの研究報告をみる.下顎の位置感覚の制御には筋紡錘ならびに顎関節受容器からの感覚入力が関与することは明らかとされているが無歯顎者の粘膜感覚がどう影響するかについては不明な点が多い.そこで,総義歯装着者の粘膜感覚が垂直的下顎位の識別能へ及ぼす影響を検討した. [方法]義歯床形態や適合性に不備を認めるものの臨床的には満足の得られている総義歯装着者6名(平均年齢68.3歳)を被験者とした.旧義歯による不適正咬合床と新たな適正咬合床を使用し,旧義歯の咬合高径を基準位として前歯部で4mm低い高径から4mm高い高径まで1mm間隔で9種類のレジンプレートによりランダムに50回咬合高径を変化させ,その都度の高さを「低すぎる,低い,ちょうど良い,高い,高すぎる」の5段階で判断させそれぞれの高さ判断の平均値と標準偏差を垂直的下顎位とその識別能として統計処理した.さらに良好に経過している総義歯装着者10名(平均年齢62.2歳)を被験者として床下粘膜面の表面麻酔による粘膜感覚の遮断条件および下顎床形態の縮小条件による下顎位値感覚への影響を,先の実験と同様の方法で検索した. [結果] 1.不適正咬合床では同一の高さ判断においても,より低い咬合位を選択し,またその識別能の低下を認めた. 2.支持粘膜面の表面麻酔により下顎位置感覚の識別能は低下した.特に下顎のみの麻酔によりその影響は大きかった. 3.床外形の縮小により至適咬合高径と判断した下顎位はより低位に変化した. したがって,粘膜感覚は至適レベルの咬合高径を識別する因子として大きく影響し,臨床において咬合床の形態や適合性の良否が咬合高径の設定に大きく関与することが示唆された.
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