本研究では、日本語学習者の文章産出過程に関して、書き手が読み手との間に想定する共通の枠組み設定に注目し、社会的・文化的文脈を含む広義の読み手意識について、学習者がどのような事柄を意識し文章産出を行っているか、そのことが読み手からの評価にどう影響するかを考察した。 韓国語を母語とする中・上級程度の学習者5名をインフォーマントとし、新聞の投書を意識した意見文、目上の人に対する依頼の手紙、近しい間柄の友人にあてた手紙の3種類の課題作文を行い、インタビューにより思考や行動の内省を得た。また、5名の学習者が書いた前述の3種類の課題作文および新聞の投書1編の4種類16編の文章について、プラス・マイナスの評価を文章上にマークし、その理由を記述するという方法で得たデータから読み手としての意識、評価の基準となる項目を分析した。読み手の評価については、5人の学習者に加え、日本語母語話者のデータも収集し、学習者と日本語母語話者との比較を試みた。 韓国人学習者の場合、学習者自身、書くことに関して彼らの母文化と日本語文化との距離はかなり近いと意識しており、そのことが文を書く、あるいは評価する際に韓国語文化での判断をそのまま持ち込むという態度となって表れていた。全体としては共通の判断基準が適用されることが多いが、しかしそのことが細かなルールや価値観のずれを見えにくくさせ、書き手の意図や配慮とは異なる評価を読み手から受けることにつながっている事例が見られた。また、母語では当然書かれることが落とされたために(回避ストラテジーの使用)、文全体が単調になるなど、母語話者からは日本語力の問題とは理解されず書き手の思考力や個性の問題として低い評価につながっている事例が見られた。これらを初めとし、従来の作文教育ではほとんど扱われてこなかった側面が評価に影響していることが認められた。
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