本研究ではタンパク質分子の熱運動を研究した。まず、ヒトリゾチームの分子動力学シミュレーションを実行し、水中・室温での分子構造の時系列を生成した。シミュレーションはエネルギーを精密に計算するプログラム(COSMOS90)による。次に、タンパク質分子の構造変化を分子論的に解析した。タンパク質は複雑な生体高分子であり、そのエネルギー曲面上には多くの極小がある。タンパク質は熱運動にともない、その凸凹したエネルギー曲面上を飛び回る。タンパク質分子のエネルギー曲面の形状とタンパク質分子の立体構造との相関を研究すれば、分子運動の基礎的な理解にも役立つ。さらにタンパク質の構造・機能相関の分子論的な理解につながる期待がもてる。本研究の大きな特徴は、計算幾何学の概念を導入しタンパク質分子の立体構造を有限要素のモザイクに分割して解析する点にある。タンパク質分子が熱運動をすると、分子内部で原子の充填状況が移りかわる。原子の充填状況の変化に伴い、有限要素の生成・消滅が起こる。本研究では、有限要素の生成・消滅の度合をカウントし、熱運動の激しさを計る計量「トポグラフィカル・メトリック(TM)」を新規に導入した。TMを用いるとタンパク質分子内部で原子の充填状況がどの程度変化したか計ることができる。この計量を用いてヒトリゾチームの構造変化を解析した。すると原子充填のパターンが良く似ている立体構造のクラスターが幾つか見つかった。我々は、これらのクラスターがエネルギー曲面に谷に対応しているのではないかと考えている。
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