本年度は研究第1年目であり、研究課題に関する従来の学界の達成点と問題点を正確に把握することを最大の目標とした。そのために、19世紀後半から1990年代に至るまでの重要な研究文献を調査・収集して、できる限りそれらに目を通すことに努めた。調査・収集は予算その他の関係で完結できず、次年度も継続して行わねばならないが、今年度の調査から判明したところを次にまとめておこう。アウグストゥスの政治については、1950年代まではその国制上の意義や社会的基盤の分析に研究が集中し、政治体制(元首政)の定義に関する多くの学説が提唱されたが、概ね起源や生成の観点からの研究であることが特徴的であり、かつそこに研究上の問題点も存した。定義に関する論争が下火になったのち、再びアウグストゥス研究がさかんになるのは1980年代に入ってからであり、D・キーナストの大著が現れたり、共同研究の成果である論文集が多数刊行されたりするようになる。新しいアウグストゥス研究の特徴としては、もはや政治体制の定義にはこだわっていないこと、プロソポグラフィー的研究の一層の発展を受けて、アウグストゥス個人のみに目を奪われることなく、その周辺の人々(女性を含む)により多く分析のメスを入れるようになったこと、そして政治の研究を歴史書などの文学的な史料に限らず、「平和の祭壇」などの考古学的史料をも重視し、図像学的観点から研究するようになったことがあげられる。こうした新しい研究の中で今後一層深められるべきだと思われるのは、アウグストゥス周辺の政治支配層たちの考察であろう。アウグストゥス個人の政治行動に大きな影響を与えた存在として、その動向を(かつてのサイムの研究のように共和政時代の延長上で捉えるのではなく)アウグストゥス以降の時代と結び付けてより精緻な分析と意義付けがなされる必要がある。これが本研究2年目の主たる課題となるであろう。
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