本研究は、ローマ帝国史上きわめて重要な時期であるアウグストゥス帝の治世に焦点を当てて、その政治と社会を根本的に考察しようとしたものである。まず、関係する研究文献の収集と検討に努め、従来欧米の学会で行われてきた研究の状況と達成点を確認する作業を行った。その結果、とくに第2次世界大戦後の学界では、アウグストゥスが創始した「元首政」の定義に関する論争が下火になったのち、1980年代に再びアウグストゥス研究が盛んになったことが確認された。また、この研究の高まりには、アウグストゥス研究の第1人者であるR・サイムの論文集が刊行されたり彼が80歳を迎えたことが大いに関係していることが指摘できた。研究成果報告書では、以上を受けて、今後の研究はサイムの業績をふまえつつも、彼が駆使したプロソポグラフィー的手法とは次元を異にする方法を用いてアウグストゥス時代を考えてゆくべきことを提言した。 次いで本研究では、アウグストゥス政治の意義を具体的に考察するため、彼が行ったといわれる元老院議員身分の再編を取りあげて検討した。そして、アウグストゥスは確かに元老院議員身分を法的に確立したが、それはこの階層を決して閉鎖的なものとしたわけではなく、新興勢力から上昇してくる人々を受け止めることのできる柔軟性を持った「身分」としたことが判明した。研究成果報告書では、この問題について、具体的な史料や事例を挙げつつ説明することができた。なお、建築・美術作品を史料とする図像学的研究法を用いた分析を行うことも計画していたが、具体的な成果をあげるまでには至らず、再度この分野の研究を継続する必要を痛感している。
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