洛東遺芳館所蔵近世後期書簡のうち、数の上でもっとも多いと思われるのは柏屋江戸店と柏屋京都店・柏原家との往復書簡である。昨年、これらを書写し執筆年月日順に綴った帳面の一部が出現し、そこに載っている書簡の年次は自ずから判明した。しかし、肝心の正寿尼の時代の書簡の多くがふくまれていると予想される帳面は未だ発見されていない。また正寿尼・慶章・孫三郎など柏原家の人々の書簡のうち約20%について、予想どおり執筆年次の手がかりがなく、執筆年次未詳とせざるを得ない。著名歌人書簡については、香川景樹書簡については執筆年次推定の作業がほぼ終了した。そのほかの歌人たちの書簡については、伝記研究が遅れているため困難をきわめている。ただし、執筆年次推定からややはずれるものの興味深いいくつかの事柄が見いだされた。たとえば、小沢蘆庵の栄寿尼(正寿尼の姑)あての書簡中に、蘆庵が門人に注釈を書き入れさせた『古今和歌集』を栄寿尼におくった際の送り状と思われるものが見つかり、さらにその『古今和歌集』そのものが洛東遺芳館に現存していることがわかった。これは、蘆庵の歌論や注釈活動のみならず柏原家の文事の考察にとっても貴重な資料である。洛東遺芳館には数千点にのぼると思われる未調査の和書が所蔵されており、いずれ調査する予定であるが、書簡の研究に関連する部分については平成8年度中に取りかかりたい。土蔵に持ち込むことができるノートパソコンがないため、いったんカードに手書きで記入したものを大学に持ち帰りパソコンに入力しているのであるが、現在未入力のカードがかなりたまってしまっている。未調査のままいまだ多量に残っている柏屋江戸店から京都店・柏原家への手紙も気がかりであるが、まず未入力分をできるかぎり速やかに減らしたいと思っている。
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