本研究の目的は洛東遺芳館所蔵近世後期書簡を、発信者ごとに大別して仮整理番号を付け、執筆年次を考証し、その年次順に新たな整理番号を付け、柏原正寿尼を中心とする柏原家の文事の筆調査・研究に備えることであった。この目的を達成できたのは、柏原孫三郎宛柏原正寿尼書簡、柏原家七代目柏原慶章(法名正寛)宛柏原屋江戸店老分書簡の一部、香川景樹書簡である。ただし、景樹書簡には推定の根拠の不確実なものがあり、未確定である。その他の書簡は、仮番号を付け、執筆年次推定の手がかりになると思われる書簡中の固有名詞や事項・事象を抄出し、推定の容易なものについて、その年次をメモしておく階段にとどまっている。また、最近未整理の歌人書簡、慶章宛江戸店老分書簡の束が発見されたが、これらについては整理番号を付けている階段である。 本研究の対象となる資料は、ほとんどすべていわゆる新資料であるから、整理の過程で得られた小さな新知見は数多くある。一例をあげるなら、香川景樹の書簡に『中空の日記』の本文の一部が後刷りで手直ししたことが記されていることである。また、書簡を手がかりに、小沢蘆庵の『後選集』注釈が見いだされたといったこともあった。しかし、研究全体を通じて得られた新知見と言えるほどのものはない。柏原正寿尼を中心とする柏原家の文事の研究を通じて、日常生活と遊離した文学とは異なる文学の存在を検証することが、新知見の基盤となるのではないかと思っているが、それは、洛東遺芳館所蔵の柏原家伝来の諸資料を総合したうえではじめて為し得ることである。新年度から、書簡の調査・整理の継続と並行して洛東遺芳館所蔵和書の調査・整理にとりかかる予定である。なお、本研究は目録を作製することを目的とするものであるから、全成果を直接に発表した著書・論文はないが、一部分は『香川景樹研究-新出資料とその考察-』(平成九年三月刊)に取り入れている。
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