本研究は、言語のクレオール化の観点から言語の歴史的発展形態のメカニズムを解明するための基礎調査として、歴史的なデータを保有しない言語-ここでは具体的にはカレン語-を取り上げ、統辞構造の体系的機能を徹底して究明することによって、その基本的類型を特定するためのデータ収集・分析が主な役割だった。報告書本体でも再三、指摘しているように、この言語に関しては一般言語学的議論に耐え得るような研究がほとんど出ていないという現状に鑑みれば、どうしても避けて通れない、一種の予備研究である。 当然のことながら、カレン語の起源を裏付ける資料、その歴史的変化-具体的には「動詞後置言語」から「動詞中置言語」-を直接、示唆する記録は存在しない。しかしながら、報告書本体で詳しく取り上げているように、文末に於ける“文法的重力"が(今もって)その存在意義を盛んに主張していることは十分に確認できたと思う。このことが直接、カレン語のクレオール性を暗示しているとは言えないが、現代カレン語が中国語などの場合と全く同じように、現実には動詞自体を中置させつつも、統辞的には動詞の中置性と後置性の両方の属性を保持するという、ある種の“hybrid"的言語である可能性はかなり高い。 一般言語学的に最も興味深いのは、いわゆる“Verb Serialization"をパスとする、統辞体系全体のシフトである。動詞の中置自体、仮にピジン段階で導入されたのであればかなり偶発的なものとも考えられるが、統辞体系のその後の発展はカレン語のクレオール化そのものの歴史を物語るからである。その中で、文末に於ける“文法的重力"の位置づけは極めて重要なものとなろう。一般言語学的な視点からも十分に活用できるほどの基礎データが収集できたことから、次段階に於ける周囲の言語との類型論的比較検討のより総合的な展開に期待したい。
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