ヒト乳児10名について、生後6ケ月より毎月5日間、一年とわたり家庭訪問を実施して乳児が母親と自由に交渉を行う場面を観察した。データはビデオに収録し、同時にテープレコーダーに音声を録音した。ビデオテープより手のジェスチャーをカテゴリー化し音声を喃語・ク-イングごとに分類したものとの対応関係を検討した結果、bangingに代表される特定のリズミックな反復運動だけが特異的に喃語の発声と同期することが判明した。またこの同期現象は、喃語発現期のごく初期にのみ見られることが分かった。初期は乳児は子音を産出するうえで、音声上のホルマントの周波数移行を迅速に行うことに、たいへんな困難を持つと想定される。その際、運動は円滑に遂行するために、身体運動との同期の助けによって、発声を賦活化していると考えられる。 同時に本研究所および多摩動物園に飼育されているチンパンジーの集団、計20頭について、ヒト乳児に対して行ったのと全く同一の手法によって音声とジェスチャーのコーディングを行った。その結果、チンパンジーにおいても乳児で見られるリズミックな反復運動と全く同一の運動パターンが生起していることが、明かとなった。但し音声と時間的に同時的に生起することはまれである。チンパンジーもヒトの喃語の源初型と思われるような多音節からなる発声を行い、音声のパターンも可塑性を有している。ただ音声と身体運動の遂行が何ら有機的な関連なしに生起する点に、ヒトとの差をへだてる大きな溝があるのではないかと推測される。来年度はこの仮説をもとにヒト乳児の被険者の数を増し、個人ごとの同期する程度を音声発達のテンポとの間の相関を検討したいと考えている。
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