二年間にわたり計25名のヒト乳幼児について生後6ケ月より毎月5日間一ケ年にわたる家庭訪問を行い、乳児が母親と自由に交渉する場面をビデオに録画し、同時の音声をテープレコーダに録音した。ビデオテープより手のジャスチャーをカテゴリー化し、音声を喃語、ク-イングごとに分類したものとの対応関係を検討した。同時に本研究所および多摩動物園に飼育されているチンパンジーの集団、計20頭について、ヒト乳幼児に対して行ったのと全く同一の手法によって音声とジェスチャーのコーディングを行った。分析の結果、ヒト乳幼児ではbangingに代表される特定の反復運動だけが特異的に喃語の発生と同期し、しかも喃語発現期のごく初期にのみ生起することがわかった。この時期の音声の詳細な分析を行ってみると、(1)身体運動の同期が生ずる以前の音声は、根本的にまだフォルマント構造を形成していない。(2)身体運動と同期が見られる期間については、同期して発せられた音では各音節の長さと第一フォルマントのフォルマント周波数移行時間の長さが、同期せずに発せられた音のそれより有意に短くなる。(3)身体運動との同期がもはや見られなくなったあとの音声の音節の長さと第一フォルマント周波数移行時間は、身体運動との同期が生じた期間に、まさに同期して発せられた音のそれと近似している。ことの3点が判明した。同時にチンパンジーにおいて同様の同期がみられるのか否かを検討したところ、同期することそのものは存在することが確かめられた。ただしチンパンジーでは多音節の発生に対する、チンパンジー自体の聴覚選好が見られず、そのため多音節の発生への移行が生じないだろうと、推測される。
|