研究概要 |
生物細胞の凍結保存は、医学、農学、工学などの分野で経験的に実用されているが、細胞の生存性の向上のために、実用上、凍結保護物質の添加が必要である。凍結保護物質は、細胞膜の透過により透過型と非透過型に大別される。一方、低冷却速度での細胞の損傷原因としては、電解質の濃縮(溶液効果)や氷結晶が細胞に及ぼす機械的作用が挙げられるが、損傷機構の問題についての明確な結論はでておらず、その解明は凍結保護物質の保護機構の解明と合わせ、低温生物学の重要な課題である。この問題の解決には、細胞懸濁液の凍結過程での細胞を含めた細胞まわりの末凍結水溶液や氷の状態などの微視的構造を工学的手法により調べること重要である。本研究では、グリセロール(Gly)やジメチルスルホキシド(DMSO)の透過型とポリビニルピロリドン(PVP)やデキストラン(Dxt)の非透過型の凍結保護物質に対して、人間の赤血球懸濁液の方向性凝固過程の微細構造として、(1)氷結晶の形態学的特性、(2)氷結晶と細胞の相互作用の特性を顕微鏡観察に基づいて調べた。 凍結保護物質を添加しない生理食塩水の赤血球懸濁液では、氷結晶の構造は、基本的にセル状で、試料の移動速度の増加と共に微細化する。赤血球は、成長するセル状氷結晶に押し退けられ、氷結晶間の未凍結水溶液中に集積され、互いに接触し、詰め込まれる。これに対して、Gly,DMSO,PVPやDxtの添加により、氷結晶は形態学的に不安定化し、その構造は微細で高次の構造をとり易くなる。氷結晶は赤血球に対して固液界面を柔軟に変形させながら成長し、赤血球は氷結晶との相互作用により動かされることはなく、分散したままである。以上の結果は、凍結保護物質の細胞膜透過の可不可によらず、定性的に同様で、凍結保護物質の添加により、氷結晶の細胞に対する機械的作用が軽減し、細胞・細胞間相互作用が起こり難くなることが明らかにされた。
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