ひと新生児皮膚ケラチノサイトとヒト有棘細胞癌細胞株、DJM-1は通常の培養条件下(培養底との接着)で強力に増殖する。これらをエラスターゼ添加によって浮遊状態に保と、前者は3日間で再増殖能を失う(エラスターゼなしにしても増殖できない)とともに、大部分は1週間で消失するのに対し、後者は30%の細胞は少なくとも3週間生存し、強力な再増殖能を保持した。前者のfocal adhesion kinase(FKA)は浮遊24時間でかろうじて発現される程度となり、そのチロシン燐酸化はみられない(免疫沈降法とウエスタンブロット法)。一方、後者のFAKとチロシン燐酸化は浮遊1週間でも接着時よりそれぞれ少し減弱した程度であった。FAKは細胞がインテグリンを介して基質と接着すると自己燐酸化され、増殖と分化へのシグナルを伝達すると言われている。従って、以上の結果は浮遊DJM-1の長期生存と再増殖能の保持は浮遊状態でのFAKチロシン燐酸化が密接に関連していることを示した。浮遊のDJM-1でのチロシン燐酸化の原因は不明であるが、DJM-1は浮遊状態でもインテグリンα2β1、α3β1、α6β4を発現し(これらはケラチノサイトとラミニンとの接着に関与する)、のみならずラミニンそのものも発現していたので、細胞膜上でのこれらの相互作用がチロシン燐酸化の原因の1つとなっていた可能性がある。奇妙なことに、浮遊DJM-1は真菌菌糸様の外観を呈した。以上の研究は癌細胞とその元の母細胞とを対比しつつ、その基質依存性(anchoroge dependency)の差異をFAKに焦点を当てつつ明らかにしたもので、このような研究はこれが初めてである。この研究結果はまた癌細胞が転移先で再増殖できる理由の一端も明らかにしたと言え、癌撲滅に向けての今後の展開が期待される。
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