本研究は、スポーツ運動において運動者が運動を発生させる「こつ」をどう捉えているのか、その時に運動者は「身体知」として運動の構造をどう捉えているかということを明らかにしていく事が目的であり、その際、現象学的人間学に由来する人間学的運動学に、その科学論的基礎を求めているが、未だその科学論的検討が遅れている。本年度はこの科学論的検討を行い、ゲーテあるいはボイテンデイクの意味でのモルフォロギ-にその地平を求めるべきであろうということが確認された。 また、人間のスポーツ運動を、運動者の外からだけで眺めていたこれまでの考え方とは異なり、運動者の内部の世界から運動を捉えようとした金子による「感覚運動系の図式技術」の概念が、「身体知」としての運動構造を解く鍵となるものと思われる。図式技術は、古代ギリシャ語テクネ-の意味をもつ「手」と「頭」による身体を操作するための技術としての概念と共通するのではないかと思われるが、身体知としての運動構造を解き明かすためには、この図式技術と運動構造との関係、さらに同じ金子による「潜勢自己運動」の概念と運動構造との関係を検討する必要性を認めた。そしてこの図式技術は、構造モルフォロギ-を理解する上で、その運動の差異を認め、構造化し、類型化するための基礎となるものと思われ、実践現場との往復をかさねながら、さらなる検討が必要であろう。 そしてこの「身体知」の問題をスポーツ運動の実践の場で明らかにしようとするため、「身体知」としての運動構造がより鮮明になるであろう種々のスポーツ運動を検討したが、今後逆さとひねりの融合した運動の世界での感覚構造を取り上げることとなった。
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