嗅覚受容体遺伝子は、ラットでは一千種類に及ぶ多重遺伝子系を構成していることが知られている。これら受容体遺伝子は、嗅上皮において4つに分けられるゾーンの内のいずれか一つで特異的に発現している。また、個々の嗅細胞では、非常に限られた数、多分一種類の受容体遺伝子が発現していると推測されている。それでは、どのようにして嗅細胞は、数多くの嗅覚受容体遺伝子のうち少数のものを選んで発現しているのだろうか? 本研究では、この疑問に答える糸口をつかむため、まずマウスの染色体DNAより嗅覚受容体遺伝子のクローンを多数単離し、その内の一つ、No.28遺伝子に着目して解析を行なった。この遺伝子に関して、以下に述べる事柄が明らかとなった。(1)隣接する遺伝子No.10は、染色体上で約30kbの間隔で連なっており、これら二つの遺伝子は、互いに翻訳領域(約1kb)を中心に高い相同性を有する。(2)両遺伝子の5′非翻訳領域には、この遺伝子系で報告されていなかったイントロンが存在し、これら遺伝子の転写開始部位は、これ迄考えられていたよりはるか上流に位置する。(3)No.28遺伝子は、嗅上皮の4つのゾーンの中の一つに限定して発現する。更に、(4)隣接する遺伝子No.10も、No.28遺伝子と同じ嗅上皮のゾーンで発現しているが、(5)これら2つの遺伝子は、同一細胞で発現されることはなく、それぞれ別の嗅細胞で発現されている。No.28とNo.10の遺伝子解析を見る限り、この多重遺伝子系においては、一次構造の似た遺伝子がクラスターをなして染色体上に存在し、嗅上皮の同じゾーンで発現する傾向にあるようである。ところが、このような類似の隣接した遺伝子であっても、それぞれ別の細胞で発現されている様である。今後他のクラスターについても同様な解析を行うことにより、染色体上での遺伝子構成と嗅上皮での特異的な発現様式との関連性が明らかになっていくものと期待される。
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