細胞周期をG期で阻害することや、ヒストンの脱アセチル化を阻害してRNAの合成を継続させてしまうことが知られているトリコスタチンAをもちいて、形態形成と細胞活性の関係を、カブトガニ胚を材料に調べた。その結果、腹部体節原基の形成開始期(S tage 13 & 14)での処理で、腹部第一体節の分化が著しく変化することがわかった。すなわち、正常胚では、腹部第一体節の付属しは非常に小さいのに、トリコスタチンAで処理した胚は80%異常の高率で、大きな、腹部第二節と同様な付属しを有していた。腹部第一節以外はほとんど正常であった。処理濃度は0.1〜1.0mg/1で、12〜24時間の処理で高率に得られた。同様に、ヒストンの脱アセチル化酵素を阻害する酪酸による処理でも同様な奇形が生じた。 原因を追求したところ、トリコスタチンAのこの濃度、この処理時間では、細胞周期は止まっていなかった。一方、脱アセチル化量は、トリコスタチンAの処理下、減少していた。また、RNA合成量は増加していた。こうしたことから、カブトガニの腹部第一節の付属しは、遺伝子の発現が脱アセチル化によって抑えられていて、微少になっていると考えられた。それが、トリコスタチンAによって開放されるために、腹部第二付属しのように大きくなると考えられた。 胚抽出物がトリコスタチンAの作用を抑えることもわかったので、今後、形態形成を細胞学、分子生物学のことばで説明する研究が期待される。また、腹部第一節は、クモの腹柄と相同な部分で進化における形態変化の仕組みの解明も期待される。
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