本年度は飛鳥・奈良時代以降の象嵌資料15例を調査した。特に長野県小海町の旧家に伝世する三寅釼、奈良春日大社と和歌山速玉大社の鉄鉾を精査することができた。 三寅釼は全長わずか30余センチメートルの小刀であるが、棟に「三寅釼」銘と波状文、佩表に三公・三台・北斗七星、毘沙門天など、佩裏に梵字真言、持国天が金・銀で象嵌される極めて珍らしい資料である。星座を象嵌する例は四天王寺と正倉院の七星剣があり、これらと同時代とみられるが、「三寅釼」銘・天部像の象嵌は初見である。その類例が16世紀韓国の「三寅剣」「四寅剣」にあり、寅年、寅月、寅日に造る「三寅剣」が攘災招福を願う剣であることも判明した。三寅剣の象嵌は極めて精緻で古墳時代象嵌とは大きく違うことが判明したが、この差が何を意味するものかは今後の課題である。 春日大社と速玉大社の鉾はともに花唐草文を平象嵌したものであるが、その象嵌技術・鉾の形制・花唐草文の描写などから、前者は平安時代、後者は室町時代に造られたものであると判断するとともに、京都の同一工房の作であるとも推測できた。
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