今年度は2年計画のこの研究の最終年度である。その第一の目的は、衝突の素過程としてのカオス的散乱が、拡散等の現象にどのように現出するかを解明することであり、第二に、次の研究段階の準備として、古典力学におけるカオス的散乱を量子力学で取り扱ったときに、何か新しい効果が期待できるかどうかの予想をつけることであった。第一の目的のために、前年度の研究結果から選択したポテンシャルの系によるカオス的散乱と非カオス的散乱の数値実験を、九州大学の大型計算機を用いて行ない、大量のデーターを得た。その解析を進めているが、膨大なデーターのため現時点では整理された結果に至っていない。第二の目的については、古典論で採用した同じポテンシャルの系に対して量子力学による定式化を行ない、大型計算機を用いて数値計算を実行し、次の結果を得た。 1.カオス過程を含む場合と含まない場合とでは、散乱の角度分布において明らかな相違がある。 2.カオス過程を含む場合、散乱S行列の対角成分の分布と非対角成分の分布は、それぞれランダム行列理論の予測とかなりよく合う。 3.カオス過程を含む場合、散乱S行列の隣接する固有値間隔の分布は、ランダム行列理論の予測とよく一致する。しかし、一定区間に存在する固有値の個数は、ランダム行列理論の予測とは明らかに異なるゆらぎを示す。 4.S行列の入射エネルギー依存性においても、ポテンシャルによる散乱にカオス過程を含む場合と含まない場合とでは明らかな相違がある。
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