細胞と細胞外基質の結合点である接着斑(focal adhesion)は一般に極めて安定な構造である。しかし、培養内皮細胞を虚血的環境に曝した後、生理的な強さの流れずり応力(10-20dyn/cm^2)を負荷すると細胞が基質面から剥離する。これは再灌流時に内皮層の離脱・破壊が起きる可能性を示すものであり、no reflow現象や浮腫などの成因を考える上で興味深い事実である。本実験では流れ負荷細胞培養装置の灌流を停止し、極微量の培養液中に細胞を密封することにより虚血的環境を作っている。従って具体的にどのような細胞傷害性要因が灌流装置内に生じているのかを明らかにすることが必要である。 1.灌流停止により生ずる細胞傷害性要因のうち何が接着傷害を引き起こし得るのかについて検討した。特殊な灌流装置を製作し、灌流停止中の培養液と細胞の変化を検討した。培養液の乳酸量増加速度が4倍上昇し、濃度も15-20mM程度に達することや、細胞内pHが6.7に低下することがわかった。しかし、培養液の溶存酸素濃度は110mmHg程度であり、著しい低下はみられなかった。個別傷害要因の探索実験では、酸化的ストレスやATP枯渇、細胞内pHのアルカリ化は、単独あるいは組み合わせても接着傷害の要因とはならず、細胞内pHを強制的に酸性化し通常培地に戻すことで(pHショック)、流れ負荷装置で観察されたものと同様の時間経過で接着破壊が引き起こされた。これらの結果はpHショックが接着傷害要因の主因であることを示すものである。 2.pHショックによりCa^<2+>の大量流入が引き起こされるが、Ca^<2+>の強制流入のみでは接着破壊は生じない。接着傷害の時間経過に一致して接着斑の安定性に関与するとされるpp125^<FAK>などのチロシンリン酸化が昂進し、genisteinなどのチロシンリン酸化酵素阻害剤がCa^<2+>流入と接着傷害を強力に防止した。従って、Ca^<2+>の関与は今後の検討課題として残るものの、接着破壊のメカニズムにチロシンリン酸化が関わるものと結論した。 チロシンリン酸化が昂進するタンパクの中で、流れ刺激や浸透圧ショックでもリン酸化の昂進が認められる膜タンパクを見いだしたので、クローニングを試みた。これまでに得られた部分配列から、このものは免疫グロブリンスーパーファミリーに属する接着因子と推定された。
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