本研究は、回遊性魚のシロサケと広塩性魚のテラピアを用いて、発眼期の卵および孵化直後の仔魚の浸透圧調節機構を、特に卵黄嚢上皮に存在する塩類細胞に着目して解明することを目的とした。シロサケ発眼卵を淡水から海水に移行したところ、血液の浸透圧は急激に上昇し、移行3時間でピークに達するが、その後徐々に低下した。また卵黄嚢上皮の塩類細胞をDASPEI染色を施して観察したところ、海水移行に伴い細胞が大型化することが判明した。従って、発眼期のシロサケでは、海水移行に伴う体液浸透圧の過度の上昇が抑えられ、この調節機構には卵黄嚢上皮の塩類細胞が関与していると考えられる。この点をさらに明らかにするため、同様の実験をテラピアでも行なった。テラピアは淡水、海水双方の環境で繁殖可能であり、この特徴を活かし、淡水および海水中で産れたテラピアを用いて、胚期・仔魚期における卵黄嚢上皮の塩類細胞を形態学的に比較した。淡水のテラピアでは胚期・仔魚期を通し塩類細胞は小型であったが、海水で産れたものでは常に淡水よりも大型で、細胞質には塩類細胞に特徴的な数多くのミトコンドリアが認められ、管状構造が密に発達していた。さらに淡水産の魚を孵化直後に海水に直接移行すると、卵黄嚢上皮の塩類細胞は海水産で見られるのと同程度にまで発達し、逆に海水産のテラピアを淡水に移すと細胞活性は急激に低下した。このことより、卵黄嚢上皮の塩類細胞の活性が海水中で高まることが明らかとなった。そこで次に、塩類細胞の機能が内分泌系による調節を受けている可能性を検討するため、塩類細胞の活性に及ぼすホルモンの影響をin vivoおよびin vitroでの実験により調べたところ、コルチソルが塩類細胞を活性化することが示された。以上の結果を総合すると、鰓が十分に発達していない胚期・仔魚期において、卵黄嚢上皮に存在する塩類細胞が海水中での塩類排出の場として機能しているものと考えられる。
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