多くの種類の動物胚では、孵化する際に今まで胚を包んでいた卵外被を溶解する酵素(孵化酵素)が分泌されることが知られているが、最近海産甲殻類でもゾエア幼生の孵化にともない、活性因子が放出されることが発見された。この活性因子は幼生の孵化後に親の腹部に、「柄」とともに残った卵殻を、担卵毛から脱落させる機能をもつことがわかり、胚脱落誘発物質(OHSS:ovigerous-hair stripping substance)と名付けられた。 このようにOHSSは、次の抱卵にそなえて卵塊が担卵毛に付着しやすいように、孵化の終えた卵殻を脱落させる働きをしているが、おそらく幼生の孵化になんらかの役割を果たしているに違いない。本研究では、OHSSの性質と機能について調べる一環として、精製を試みた。その結果、OHSSはオクチル・セファロースを担体とする疎水性クロマトの次に陰イオン交換体に通し、さらにゲル濾過を行うと極めて純度の高い標品が得られた。この標品の分子量はゲル濾過では12Kほどだが、SDSポリアクリルアミド電気泳動で調べると35Kほどになることがわかった。 また、カニ類幼生の孵化水のなかにはOHSSに加えてもう一種類の活性因子が含まれることがわかった。この因子はカゼインを分解する作用をもち、ゲル濾過によって明らかにOHSSとは違った画分に溶出されるので、両者は全く別の蛋白であることがわかる。 本研究では、このプロテアーゼが本当に卵殻を溶解するのかを確かめるため、透過型電顕を使い、孵化の前後で卵殻にどのような変化が起こるのかを調べた。その結果、海産甲殻類の卵殻は計5層から形成され、孵化に際しては主要な構造は全く変化しないが、非常に薄い第3層が明らかに溶解し、構造変化を起こすことがわかった。また、このプロテアーゼは確かに卵殻の破砕物を溶解する性質を持つので、孵化時には実際に第3層を溶解していることが示唆された。しかし、電顕から観察される卵殻の溶解が極めて小規模なことや、さらに生化学的な実験から得られた卵殻の分解活性も低いことから、このプロテアーゼによる第3層の溶解が、直接甲殻類幼生の孵化を誘発しているのではないと考えられた。 今までの結果から確実に言えることは、甲殻類幼生の孵化機構は他の多くの動物胚の孵化と違い、孵化酵素を分泌することによって起こるのではない、ということである。どのように違うのか、これからの研究によって明らかになるだろう。
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