1988年から1989年にかけての米国留学と1993年夏の短期渡米調査において入手したGHQ/SCAP検閲原点の復元及びその資料を、分散的にではなく論文別刷り形式で一括して刊行することを主眼としてこの一年間の調査研究を行った。同時に、そのような在外資料に依拠するだけでなく、検閲に付された日本側資料の発掘にも意識的に努めた。幾つかの曲折や時間的限界はあったものの、その調査の成果の一つが甲斐弦氏の聞き書き調査である(『平和文化研究』第18集所収)。英文資料と日本語の本文を照合する作業に付随して、それらの作業過程で得た事柄を分析的に論考し試論の形として「敗戦期における日本文学のアメリカ化」(『叙説』11号所収)して発表した。 これらは、資料復元と独自な論考構築を平行しておこなうことによって、日本近代文学史の定説の一部を書き換えようとする私的営為が広く文学研究一般に貢献することを願ってのことである。そのような作業の結果として、『被占領下の文学に関する基礎的研究‥資料編』(1995.3.武蔵野書房)を発表できたことは、本研究の部分的到達点をあらわすとともに、近代文学研究に書誌的資料を新たに提供できたのではないかと考える。個々の作品本文を資料によって訂正し、あるいは不可視的な敗戦期の制度的痕跡を確定することで、狭義の戦後文学に関しこれまでの先行する研究成果になかった角度から再認識する根拠を具体的に示すことができた。このような調査研究を今後も継続することによって、敗戦期の文学作品が立脚する言語環境の輪郭が次第に明らかになり、同時に作品の本文解釈における空白部の存在を判然とさせることができ、文学作品を通じた過去の新たな理解がそのまま現在の感覚や意識の欠落を補訂することに連続すると考える。
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