今年度の研究で得られた新たな知見は以下の通りである。 (1)タイにおける指導者のプロトタイプについて(歴史研究) タイにおける一般住民は、国家権力から逃れようとするものであると従来考えられてきた。しかし彼らにとって最も重要なのは身体・財産の安全であり、安全確保のために進んで国家権力の庇護を求めるということが明らかになってきた。ただし19世紀以来目覚ましい速度で居住空間が拡大してきたタイでは、国家権力が十分には浸透しない開拓空間が広く、インフォーマルな指導者が大きな役割を果たしてきた。 (2)困ったときに誰に頼るのか(現代の事例) 住民間でもめ事が生じた場合、まず村長や区長、続いて郡の役所や警察署、それでも駄目なら県庁や県警に頼るルートがある。それと平行して、各レヴェルのインフォーマルな権力者、最終的には全国4管区の軍司令官に救済を求めるというインフォーマルなルートがある。前者は国家の法、後者は暴力を権力の源泉としている人々である。 (3)フォーマルな権力とインフォーマルな権力(暫定的結論) インフォーマルな権力が活躍するのは、法の支配が徹底せず、フォーマルなルートで公平な救済を得られないことが多いからである。救済ルートの複線化により公平が確保される余地は広がる。しかしいずれのルートにしても、究極的には、社会的・経済的弱者よりも強者に有利なことに変わりはない。
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