真核生物の起源と進化を明らかにするためには、原核生物と真核生物の境界に位置する、より原始的な真核生物を見いだし、その遺伝子構成を調べ、他の生物と比較することが有効な手段である。本研究では、細胞内共生をオルガネラゲノムの進化という観点から明らかにすることを目的としてオルガネラゲノムの解析を行った。生物の進化の程度はほぼDNA含量に比例する。そこで、より原始的な真核生物を探すために、はじめに種々の生物のDNA含量を測定した。その結果、原始紅藻類に属するCyanidium caldarium及びCyanidioschyzon merolaeが細胞体制が単純で、かつ真核生物の中で最も少ないDNA含量を持つため、最も原始的な真核生物の一つであると推定した。そこで、色素体ゲノムの構造を調べるために、まずCyanidiumの色素体ゲノムの物理的地図を作成した。この色素体ゲノムは、高等植物の色素体とほぼ同じ約150kbpの環状DNAであったが、リボゾームRNA遺伝子を含む逆位反復配列は、原核生物であるラン藻の核ゲノムと同じ約5kbpであることがわかった。また、Cyanidioschyzonの色素体ゲノムも、ほぼ同じ構造であると考えられた。 これまでのところ、高等植物の色素体ゲノムにコードされていることが知られている遺伝子は光合成関係及び遺伝情報系の遺伝子だけである。しかし、色素体は光合成以外にもアミノ酸合成や脂質合成にも重要な役割を果たしており、トリプトファンも色素体内で合成される。本研究では、Cyanidium及びCyanidioschyzonの色素体ゲノムがトリプトファン合成酵素の遺伝子trpAをコードしおり、遺伝子発現を行っていることを初めて見いだした。その一方で、トリプトファン合成酵素のもう一つのサブユニットであるtrpBは、細胞核がコードしていた。このことは、色素体は、細胞内共生の当初は、trpA、trpBともに自身のゲノムにコードしていたが、共生後比較的早い時期にtrpBが細胞核へ移行し、後にtrpAが細胞核へ移行したことを示している。
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