前年度私は、秦漢貨幣経済の構造的特質について研究し、それを次のように概括した。すなわち、秦漢時代では、おもに銭・黄金・布帛が゛貨幣(諸々の商品との交換可能性を独占的に有し、それによって多くの人びとから欲せられる特殊な物財)゛として都市部を中心に定着した、と。そして、その三者の価値関係が可変的で、それぞれ異なる流通回路をもつものであったことを明らかにした。また、とくに銭と黄金は、いずれも経済的交換手段としての共通の機能を有するとともに、異なる場面においてそれぞれ贈与物などとして機能していたことも確認された。それでは、このような秦漢貨幣経済史のあり方は、それ以前の経済状況をどのように継受したものなのか。それ以前の経済との違いはどこに見出されるのか。 平成19年度の研究課題は、春秋時代から戦国時代の経済史を解明し、この点を明らかにすることであった。その結果が、論文「文字よりみた中国古代における゛貨幣゛の展開」である。これによると、先秦時代の交換とは、春秋時代から戦国時代にかけて贈与交換的特質を徐々に失い、戦国時代から秦漢時代にかけて商品交換的特質を強めてゆく傾向をもつものであり、その中間に位置する戦国時代は、贈与交換を主とする社会形態から商品交換を主とする社会形態への過渡期にあたるものであった。これは、売買行為を意味する文字などがいつ成立したのかを基準とした検討結果である。
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