筆者の研究題目は「オスマン帝国における歴史意識-建国神話に見られる「起源」の記憶の創造と変容」というものであるが、今年度も前年度に引き続きこのテーマについての研究に取り組んだ。その成果の一部として、2007年9月に関西大学で開催された日本オリエント学会において、「オスマン朝王家の旧約聖書・イスラーム伝承起源:ヤペテとエサウ」という題目で口頭発表をおこなった。これは、オスマン王家のもつ歴史認識の重要な要素のひとつである旧約聖書に淵源を持つ伝承が、オスマン王家の起源といかに関わり合っているのかを検討したものである。また、2007年9月には、「古典期オスマン朝における起源論と系譜意識」という題目の博士論文を提出、2008年3月5日に学位が授与されたこのほかに、海外における史料調査も行った。イギリスの大英図書館やスウェーデンのウプサラ大学図書館など、ヨーロッパの図書館において、オスマン・トルコ語、ペルシア語、アラビア語によって書かれたオスマン帝国史関連の写本史料を調査し、複写を収集した。特に、イランにおいて著された高名なペルシア語史書であるバイダーウィー著『歴史の秩序』とガッファーリー著『画廊』がスレイマン一世時代にオスマン・トルコ語訳されているのだが、これらの写本を大英図書館において利用できたのは大きな成果であった。この両訳書は、目録にこそ載っているものの、これまで研究者によって全く利用されていない史料である。16世紀のオスマン朝史学史を理解するに当たって貴重な情報を含んでおり、当該資料の検討によって今後新たな成果が期待できる。
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