10〜12世紀にかけて、地方史人名録と呼ばれる書物がイスラーム世界の全域で多数編纂された。本研究の目的は、地方史人名録が編纂当時にウラマーの学問的活動に果たした機能を分析し、ウラマーの知織をめぐる活動の社会的・文化的実態を解明することである。 平成19年度に行ったのは、【課題(3)】「地方史人名録の編纂・流通・利用の実態の解明」の3つの研究作業、地方史人名録の「[1]編纂の分析」「[2]流通の分析」「[3]利用の分析」である。[1]編纂の分析」を7月に完了し、地方史人名録の編纂が他の文献が伝える情報に依存していたことを実証した。「[2]流通の分析」を9月に終え、地方史人名録がハディース学者の知識伝達ネットワークにのって広範囲に流通していく実態と、その流通を支えたハディース学者の理念を明らかにした。この成果を利用して、7月21日にNIHUプログラム「イスラーム地域研究」早稲田拠点第1グループ「イスラームにおける知の理念と実践」の研究会において口頭報告を行った。「[3]利用の分析」の主要な作業を12月に完了し、ハディース学者の著述活動における地方史人名録の利用の実態と、傾向の変遷を解明した。以上3つの研究作業を総合することで20年3月に【課題(3)】をほぼ達成し、地方史人名録が先行する同種の作品を利用して編纂され、広範囲に流通し、また新たな作品の材料となるという、編纂・流通・利用の連鎖構造のあり方とその成立・変遷・衰退を描き出した。 19年12月に出版された論文「知識を求める移動:ハディース学者の旅の重要性の論理」は、上記の研究成果を取り込んだものである。また、20年3月にダマスカスにおいて資料収集を行い、現地研究者との議論を通して、今後の研究遂行に有益な示唆を得た。
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