本研究は、木材成分由来の誘導体を用いて遺跡より発見される木製遺物(出土木材)を強化することで、軽量でありながら剛性が高くなる保存処理方法を開発することを目的とする。本年度は、以下の研究を行った。 <リグノフェノールを用いた出土木材の保存処理> リグノフェノールの最終濃度を40wt.%として、最大含水率(MMC)が312%の出土スギ(Cryptomeria japonica D. Don)と588%の出土サクラ(Prunus)をそれぞれ用いて、保存処理を行った試験片の寸法安定性を評価した。なお、溶媒はいずれの処理法でもt-ブチルアルコール(TBA)を使用し、乾燥法は真空凍結乾燥法を用いた。スギ試験片(MMC312%)では、収縮率は、いずれの方向においても低い値(2%未満)を示した。サクラ試験片(MMC588%)では、リグノフェノール処理した試験片の収縮率は、30wt.%以上のリグノフェノール溶液浸漬中に収縮が生じたため、いずれの方向においても大きく収縮した。これは本実験で用いたリグノフェノールは濃度30〜40wt.%の溶液の場合70℃で溶解するが、粘度が高く、溶液の材内への拡散・置換が困難になったものと思われる。 <セルロース誘導体を用いた出土木材の保存処理> 水に可溶であるメチルセルロース(MC)、水やアルコールなどの有機溶媒に可溶であるヒドロキシプロピルセルロース(HPC)を用いて、最大含水率(MMC)が312%の出土スギ材と588%の出土サクラ材をそれぞれ用いて、保存処理を行って寸法安定性を評価した。なお、溶媒は脱イオン水あるいはTBAを使用し、乾燥法は真空凍結乾燥法を用いた。TBA系でHP処理した試験片の収縮率が、試料含水率の違いにかかわらず、いずれの方向においても最も低い値を示した。セルロース誘導体を用いた処理では、真空凍結乾燥した場合、溶媒にTBAを使用した方法が水系に比べて寸法安定性が高く、収縮・変形抑制効果があるものと思われる。 <出土スギ材リグニンの化学構造の解析> 出土スギ材のリグニンに関して、熱分解ガスクロマトグラフ(Py-GC)分析およびリグニンの主要構造であるβ-04構造の定量に用いられているDerivatization followed by reductive cleavage(DFRC)分析を行なった。Py-GC分析の結果、出土材のリグニンは、新材リグニンと比較して構造が異なることが示された。さらに、isoeugenol、vanillinなどが出土材で多く検出されたことから、出土材リグニンは新材リグニンと比較して、側鎖の脱水・酸化反応が生じているものと推察された。DFRC分析の結果、出土材のconifenyl alcoholの収量は、新材に比べ6割程度であった。このことから、出土材のリグニンはβ-04構造の割合が新材と比較して約4割程度少なく、新材と異なる構造になっているものと思われる。
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