1.昨年度から取り組んでいた本研究の第一課題に関する論文を、6月に完成させて公表した。その後、昨年度フランスで収集した史料をもとに、第二課題「「記憶の器」としてのカルチュレールの固有性」に取り組んだ。中世盛期に作成されたカルチュレールは、文書の地理的分類を頻繁に採用しているが、サン・シプリアン修道院カルチュレールでは、実際の所領巡察の順路に沿ったものと考えられる、非常に秩序だった地理的分類の下で文書が転写されている。この地理的空間に対する関心の強さに着目して、修道院の過去の記憶を時間軸ではなく、周辺地域の記憶と結びつけて空間的に再構築するという点を、カルチュレールに特有の記憶機能とする仮説をたてた。また、カルチュレールを文書庫の派生物とみなし、固有の記憶機能を考えない研究に対しては、カルヂュレールが携帯可能な書冊として、特に修道院外で果たしえた機能を指摘する方針で反論を進めている。 2.11月から3月までパリにあるフランス、高等研究院を拠点に、同院主任研究員であるL・モレル先生の指導を仰ぎながら、12世紀初頭に編纂されたカルチュレール2点の書冊学・戸書体学的分析およびテクストの読解にあたった。以前から研究への助言を受けているボルドー大学のF・レネ教授のほか、今回はストラスブール大学のB-M・トック教授、M・ゼルネル先生のもとでも研究報告を行い、それぞれ手稿史料の分析とカルチュレール研究の見地から議論を深めた。 3.渡仏中、高等研究院と国立古文書学校において、中世初期・盛期における文書史料の変遷、手稿史料の分析に関するセミナーに参加した。特に、オリジナル文書・複写文書の位置づけをテーマにしたセミナーでは、複写文書の多様性に関して多くの知見を得た。3月にはパリ郊外で開催されたセミナーに出席し、「中世におけるテクスト集成の意義」を主題とする文学系・歴史系の若手研究者の報告に接した。
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