申請者の研究課題は、日本中世史上の重要事件である承久の乱を中核に据えて、日本中世の政治史・思想史を総体的に把握することにある。 2006年度は、まず思想史的研究として「『六代勝事記』の歴史思想」(『年報中世史研究』31)を公表した。同論文は、南北朝期研究で注目されることの多い、徳治主義に基づく帝王批判-帝徳批判-について、先行研究の僅少な平安・鎌倉前期における特質と、その展開史上における承久の乱の意義を考察したものである。著名とは言い難い歴史叙述を用いて、古記録から窺える貴族の思想と対比し、政治構造との関連を考察するという方法を試みた。承久の乱を契機に成立した『六代勝事記』は、君臣関係を最重視し、帝王と武力の直結を批判する院政期貴族の<帝徳批判>を継承して後鳥羽院個人を批判すると共に、皇孫擁護を目的とする<神国思想>を並置しており、その思想の体系が乱後も受容され続けたことを論じた。宗教関係や著名な作品の研究に偏りがちな中世思想史・中世文学(特に歴史叙述)分野に寄与するものと思われる。 次なる中間目標は、政治史ことに武土論の視角からする承久の乱研究である。これについては口頭報告「鎌倉前期在京武士と承久の乱」(日本史研究会中世史部会)、「承久の乱の軍事動員」(平家物語研究会)を行った。いずれも、報告の場で頂いたご意見を参考にして、研究論文としての公表を目指している。 また、「『明月記』の宇治関係史料」(『紫苑』5)を公表した。同論文は、鎌倉時代前期の基礎史料である『明月記』から、宇治に関係する記事を検索し、原本・写本の影印版によって校訂を加え、史料本文を配列したものである。近年の都市論では、京近郊の都市空間の個別研究も徐々に蓄積されつつあるが、承久の乱の舞台にもなった宇治については、『宇治市史』に資料編が無いなど、今後の課題が多く残されている。一部ではあるが、その基礎作業になると思われる。
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