本年は三年間の補助金の成果として、南都諸寺社の縁起説や、『建久御巡礼記』『七大寺巡礼私記』といった南都巡礼記、あるいは「人」の歴史である血脈資料や僧伝資料といった、場/事物/人の歴史叙述に関わる資料群を主たる検討対象にすえて、南都寺院圏でおこなわれた歴史叙述の様相、およびそういった言説が規定した南都あるいは個別寺院の空間叙述の様相を、文献的に明確化することを目的として、研究を行った。さらに、積極的に成果を発表するようにこころがけたほか、大橋が主催する巡礼記研究会での討議が活発に行われるよう、差配した。 なかでも、従来より最大の課題であった、『建久御巡礼記』の伝本系統を、極めて明確にあとづけることができたことが最大の成果であり、それは「『建久御巡礼記』の基礎的研究・二」として結実した。さらに、そういった諸書にみられる縁起説が、中世の全般を通じていかに展開したのかという問題を典型的にしめすものとして、大谷大学図書館蔵『興福寺縁起』に引かれる「西金堂縁記」を検討した。その結果、治承四年の南都炎上後の寺家においてなされた言説操作が、室町期にかけ、興福寺西金堂の主要法会である修二会の継続問題に関連しつつ、再度改変されていく様相を明確化することができた。また、その他、『建久御巡礼記』に先立つ『七大寺巡礼私記』の成立圏の問題について、特定することができたことは、説話研究はもとより、美術史・仏教史研究にとっても、重要な成果であったと考えられる(ちかく刊行予定の論考)。
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