本研究では、バルカン半島からトルコ、カフカス諸国にいたるまでの黒海周辺地域に残された、中世の東方キリスト教教会・修道院遺構を対象に、「建設技術の地域間交流の解明」、「ポスト社会主義時代の歴史遺産の保存と活用に向けた遺産の評価」という2つのテーマを並行して行う。前者は、ビザンツ文化圏の周縁世界として偏った建築史研究上の位置づけを「地域性」と「技術者交流」という観点から再考することを目的とする。後者は、社会主義時代における宗教遺産の興廃と劇的な周辺環境の変化を経て、今後保存と活用にむけた遺産の再評価を行うことを目的とする。 本年度はルーマニア・文化省歴史遺産保存局(ブカレスト)、イオンミンク工科大学にて保存修復に関する資料収集を行い、スチャヴァ、イアシ、アルゲシュの周辺に残る中世教会・修道院遺産を対象にフィールドワークを行った。 教会・修道院建設における技術者交流のなかで、ドーム架構にみられるカフカス建築の影響に着目し、その分類を行った。各部屋の用途、平面形式、および壁画のプログラムと用いられるドーム架構の形式との間に相互関連があることを確認し、カフカス建築からの影響とみられる「星型ドーム」の導入と発展過程を知ることができた。またイスラームの影響を受けた装飾の付加、および19世紀のフランス人修復家による増改築・保存修復に着目した事例研究を行った。修復記録、図面および古写真から修復前と現在の姿を対照し、修復の理念と技術に関する時代的特徴を把握した。創建当初の正教の遺産としての価値に対する、他宗教の様式との混在、近代のデザインの介入など、異なる遺産価値を併せ持つ遺産としての評価とが課題となる。
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