今年度は、主としてミシェル・アンリの思索を手がかりに、現代フランス現象学を主題とする本研究全体の基盤作りとでも言うべき作業に専念した。様々な関連著作および研究論文を検討しながら、その中で扱われている哲学者たちの身体論を再考することで、「肉(chair)」というアンリ独自の身体概念への接近を試みた。第一に獲得された見解は、アンリによる身体概念がフッサールや後期メルロ=ポンティよりも根源的な仕方で心身問題のアポリアを解決するものであったということ、またその際に着目していたのがメーヌ・ド・ビランにおける「努力の感情」と「抵抗する連続」との内在的かつ無世界的な関係であったということである。中でも後者から得られる「有機的身体」は、自然の物的身体をも根源的に内在的な生の身体に基礎づけるものとして、今後の研究の進展にとっても鍵になる概念であろう。第二に判明したことは、アンリがシェーラーやフロイトの思考になお残存する志向性と表象の脱自構造を批判しつつも、感情触発の諸問題に関して両者から多くの示唆を受け取っているという点である。この見立ては、アンリの思想に基づいで性愛や共同体の問題を掘り下げることで、十分に論証することができるものと考えている。第三の成果として挙げられるのは、アンリと並んで現代フランス現象学のもう一人の重鎮であったエマニュエル・レヴィナスの世代論に関する考察である。年度末に公表された論文「父性という虚構」では、性と生殖の身体性をめぐるレヴィナスの説を検討したが、この説は今後、アンリの情感的共同体の議論によって厳密な仕方で基礎づけられることになるだろう。
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