今年度は、初年度の研究から得られた成果をもとに、本研究全体の核心をなす「受肉」概念の哲学的解明に着手する段階として位置づけられる。具体的な成果は以下のとおりである。1、後期アンリによるキリスト教論の基本的な方向性を把握すべく、レヴィナスとの違いを強く意識しながら、情感性の概念に立脚した「法」批判の意義を検討した(「生の現象学による法の批判」、雑誌『理想』に掲載予定)。アンリは、いわば「ユダヤ-カント的なもの」(リオタール)への批判的立場をヘーゲルやシェーラーと共有しているが、スピノザ哲学に想を得つつ、その立揚をいっそうラディカルな内在思想によって先鋭化している。この着眼のおかげで、レヴィナス思想との錯綜した関係もかなりはっきりと捉えられるようになった。2、アンリによる受肉概念は、エロス的関係における欲望の「挫折」という問題を踏み台にして成立している。サルトル受肉論との対比によって、逆にアンリの独自性が明確になってきた。また、前年度にレヴィナスの生殖論を「生の現象学」によって基礎づける可能性を示唆したが、レヴィナスが十分に扱いえなかった「胎児」の哲学的ステイタスという問題に関して、それを極めて特殊な「有機的抵抗」の経験として厳密に内在的な観点から再理解する方途が探求された。これは、パーソン論とは大きく異なる生命倫理学的な視野を切り開くものである。3、本年度の研究目標の一つとしていた「共同体と個体の関係」の解明からは、「種的社会の展開」および「擬態としての現象」(来年度発表予定)という二つの副産物が生まれた。いずれの論考も、現代フランス現象学に固有の考え方と深い親近性をもった分析となっている。
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