本年度は、前年度に構築したエバネッセント照明による暗視野顕微鏡システム(以下、エバネッセント散乱法)の評価とこの手法を用いて回転分子モーターのサブミリ秒オーダーにわたる反応素過程の計測を行った。この手法との比較のために、対物レンズ内から垂直にサンプルを照明する手法(以下、垂直散乱法)を新たに構築して比較した。そのために、従来タイクロイックミラーを入れる場所に、中心に楕円のミラーコートがされた特殊なミラーを作製した。照明レーザー光はここで反射されて検出系とは反対側に垂直に照射されるので検出されない。一方、サンプルの散乱光はミラー部位以外の部分を通るので、背景光をカットした暗視野像が得られる。ガラスに固定した40nmの金コロイドを0.1ミリ秒の露光時間で、両手法により画像を取得したところ、エバネッセント散乱法は垂直散乱法と比べサンプル以外のバックグラウンド値が低く均一な画像が得られた。両者の画像のSN比を比べたところ、エバネッセント散乱法で得られた画像は垂直散乱法の画像と比べて約2倍のSN比を示した。さらに、金コロイドの重心の標準偏差からそれぞれの位置決定精度を測定したところ、両手法ともに約1〜2nmの位置決定精度を示した。さらに両手法は最高9.1マイクロ秒の露光時間においても約1〜2nmの位置決定精度を示した。マイクロ秒の時間分解能でナノメータの位置決定精度をもつこの手法はミリ秒以下のタンパク質のダイナミクスを計測するのに非常に有用であるといえる。さらにエバネッセント散乱法により、重水素置換が回転分子モーターであるF1のATP加水分解反応の素過程に与える影響を調べたところ、サブミリ秒単位の素過程の計測に成功し、重水素置換がATPのγリン酸の切断反応に影響を与えることを明らかにした。この結果から、F1のATP加水分解はプロトンの移動が律速であることが示唆された。
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